── 改修設計で「方向性」を揃える技術と、材料選定の二段構え
この記事で伝えたい結論
改修設計において、建物の目的(=「誰の・何を・優先して満たすか」)を最初に定め、各部署で同じ言葉に翻訳できる状態にする。これがぶれない改修の起点であり、材料選定は「仕様適合(仕様書どおりか)」と「ユーザー価値(使い手が納得するか)」の二段で考える。当たり前のことを当たり前にやる、だからこそ現場で差が出る。
1. 「建物の目的が決まらない」と改修現場で何が起きるか
改修は新築と異なり、既存の躯体・運用・利用者の習慣が既にそこにある。完成後の使い方を決めずに図面を進めると、次のような現場の乱れ方が必ず出てくる。
- 各部署が「建物のあるべき姿」を別々に語り始める
- 設計変更が連鎖し、当初予算と工期の根拠が崩れる
- 発注後に「そもそも誰のための改修だったのか」が発覚し、合意形成からやり直し
- 引き渡し後の利用者アンケートで「思って違った」が頻出する
国土交通省・官庁営繕部の「官庁営繕の技術基準」でも、企画内容や与条件を整理・明確化した上で設計を進める考え方が示されており、ここが崩れると監理業務全体の精度が下がります。官庁営繕の技術基準
設計の前段に見えるユーザーヒアリングは、実は設計そのものの一部。多くの公共建築改修では、利用者や関係部署へのヒアリングが設計品質を左右する。
1-1. 私の現場での一場面
ある全面改修で、ユーザー説明の目的・方向性を関係部署で揃える協議を立ち上げました。結論が出るまでに3回の打ち合わせを要しましたが、部長合意の段階で「関係者全員が同じ方向を向いた」状態を作れたことで、図面はその後スムーズに進みました。派手な瞬間ではなく、地味な合意形成の一コマこそが、設計者の本来業務です。
2. 「建物の目的」を設計図面に翻訳する手順
2-1. 要求水準書で『言葉にする』
公共建築の発注設計では、各自治体が要求水準書を作成し、整備する施設機能・性能、業務水準を文章として固定します。これはプロポーザル案件でも、随意契約の改修案件でも、設計者が共通理解を持つための最重要文書です。
| 要求水準書の記載項目 | 実務での使われ方 |
|---|---|
| 施設整備の水準 | 設計の判定基準。仕様書に直接引用される |
| 業務(設計・施工・監理)の範囲 | 受注者との責任分界点の決定 |
| 適用基準・参考基準の列挙 | 標準仕様書・監理指針・JASSなどへの準拠根拠 |
| 性能規定(要求性能)と仕様規定の区別 | 性能を満たす代替案の余地を残すか否かの判断に影響する |
要求水準書が薄い案件ほど、監理段階で「言った・言わない」になりやすい。発注者側も受注者側も、要求水準書の具体性を上げる努力が、そのまま工事品質に跳ね返ります(要求水準書の例 – 津山市、玉野市庁舎整備事業)。
2-2. 関係者ヒアリングは「記録」で残す
関係部署ヒアリングは、議事録・図面スケッチ・写真付きコメントのセットで残すのが鉄則です。次の3つの理由から、
- 数年後の改修(第2期)で参照される
- 監理記録の根拠資料になる
- 設計者が交代しても意図が引き継げる
個人端末のメモだけだと、3年後に読めない。共有ドライブでも、PDFの議事録にしてでも、第三者でも追える形で残してください。
2-3. 方向修正を「設計者の役割」として設計する
関係者合意は一度で決まり切ることは少ない。異なる意見が出ることを前提に、合意形成を「設計の工程」に組み込むのが現場設計者の仕事です。
- 関係者間で差異が出たら、まず立場・利害・前提条件のすり合わせをする
- 修正案を「A案/B案/C案」で比較できる状態にして提示する
- 決定事項は設計意図説明書として文書化する
この「合意形成を設計する」スキルを、軽んじる設計者が多い。本当に大事なのはこの工程です。
3. 材料選定は「二段構え」で考える
3-1. 第一段:共通仕様書への適合を確認する
公共建築工事の材料選定は、まず**「公共建築工事標準仕様書(建築工事編)/公共建築改修工事標準仕様書」への適合確認から始まります。共通仕様書(共通特記仕様書を含む)は、国土交通省大臣官房官庁営繕部が制定する最低限の品質・安全性の土台であり、「満たすべき基準」**と同様に扱います。
確認の手順は次の通りです。
- 適用年版(例:令和7年版、同4年版)を特記で指定する
- 材料の規格(JIS番号・協会規格)を仕様書と照合する
- 適用部位と被着体の組合せごとに、適合する種類を確認する
- 製造所の社内規格で「同等以上」と主張する材料は、性能証明書・試験成績書で裏付ける
- 施工計画書・材料承認願・試験成績書の3点セットで監理記録化する
3-2. 第二段:「使い手にとってどうか」を問う
仕様適合が確認できたら、次はユーザー価値の視点で材料を評価します。
- 長く安心して使えるか(耐用年数・メンテナンス周期)
- 納まりとして無理がないか(寸法・形状の整合、後施工の余裕)
- 利用者の感覚に合っているか(質感・色・触感・音)
この二段構えを**個人の感覚ではなく「評価項目化」**して、設計図書・材料承認願の説明欄に書ける状態にしておくと、監理段階でも判断がブレません。
4. シーリング材の使い分け ── 改修現場でいちばん多い材料選定ミス
材料選定の中でもっとも混同が多いのがシーリング材です。公共建築工事標準仕様書(建築工事編)の9.7節では、目地の種類ごとに適用するシーリング材が明確に規定されています。
4-1. 標準仕様書(建築工事編)9.7節で押さえるべき対応(令和7年版を基準)
- 公共建築工事標準仕様書では、被着体の組合せや仕上げの有無に応じてシーリング材種が定められている。タイル接着剤張りでは、打継ぎ目地等にポリウレタン系、伸縮調整目地等に変成シリコーン系が用いられる。
- ただしカーテンウォール目地は、特記による
- 材料は JIS A 5758(建築用シーリング材)に適合し、有効期間内のものを使用
出典:公共建築工事標準仕様書(建築工事編) – 国土交通省、公共建築・建築工事標準仕様書 9章7節
4-2. 被着体別の選定(監理の現場で頻出するポイント)
- プライマーは、シーリング材製造所の製品とし、被着体(塗装してある場合は塗料)に適合するものを使用する
- バックアップ材は、合成樹脂又は合成ゴム製で、シーリング材と反応しないものを選定する
- 建具まわり・ガラスまわりは、変成シリコーン系を基本とし、ガラス周辺ではシリコーン系(高モジュラス)等、適用部位ごとに規格を確認する
ガラス回りのシーリングは、日本建築学会「JASS 17(ガラス工事)」の考え方も参照すべきです(YKK AP シーリング早見表)。
4-3. 私が現場でよく見る失敗パターン
- 打継ぎ目地にシリコン系を使ってしまい、塗装ができない(塗装できないシリコンは上塗りが乗らない)
- 被着体に合わないプライマーを選定して、シーリング材の剥離
- 「同等以上」として持ち込まれた材料が、試験成績書の対象範囲外だった
いずれも共通仕様書で「特記がなければ被着体に応じたもの、表9.7.1による」と規定されている範囲を、監理の現場で読み落として起きる失敗です。監理指針 令和7年版と共に、必ず手元に置いて照合してください。
5. 監理側でこそ必要な「赤入れ」ループ ── 独立を目指す人へ
5-1. 赤入れを「自分の弱さの可視化装置」と捉える
上司から入る赤は、自分の設計・図面・判断の穴をコストなしで教えてくれる仕組みです。独立後にこの「外からの赤入れ」が消えると、自分の誤りに自分で気づくしかなくなる。今のうちに、
- よく入る赤を分類する(寸法エラー/納まり/記号・注記漏れ/法規違反/施工性)
- 分類ごとの再発防止策を1つ決める
- 次の案件で同じ分類の赤が1件でも減ったか確認する
このPDCAを回せるかどうかが、独立後の品質を左右します。
5-2. 「実務の積み上げ」を独立の資本にする
次のような、地味な業務の一つひとつがそのまま実務力になります。
| 業務 | 独立後に活きる場面 |
|---|---|
| 建具撤去新設の図面 | 改修案件の主戦場・既存躯体との取り合い判断 |
| 見積精査と数量積算 | 受注後の原価管理・VE提案 |
| 発注書類の整備 | 契約図書・請求根拠の作成 |
| 監理記録の整備 | 瑕疵対応・維持管理フェーズでの証跡 |
「単価の作業」と切り捨てず、判断を伴う業務に育て直すことが、独立前の最大の準備です。
6. よくある質問(FAQ)
Q1。改修で「建物を何のために改修するか」が曖昧なまま進むリスクは何ですか?
設計変更の連鎖、当初予算の根拠喪失、発注後の「誰のための改修か」発覚、そして利用満足度の低下につながります。発注者・受注者双方で、要求水準書の具体性を上げることが最大の防御策です。
Q2。関係部署ヒアリングは、何をどこまで残せば十分ですか?
議事録・図面スケッチ・写真付きコメントの3点セットが残っていれば十分です。数年後の第2期改修で参照できる状態を目指し、第三者でもトレースできる保存形式(共有ドライブ/PDF等)にしてください。
Q3。「公共建築工事標準仕様書」と「公共建築改修工事標準仕様書」の使い分けは?
新規は「公共建築工事標準仕様書(建築工事編)」、既存建物の改修は「公共建築改修工事標準仕様書(建築工事編)」が原則です。両者の最新版(令和7年版)を、特記仕様書で必ず指定してください(公共建築改修工事標準仕様書(令和7年版))。
Q4。「同等以上」と書かれた材料承認願の、どこを確認すればいいですか?
(1)申請された材料が仕様書の対象範囲内であること、(2)試験成績書の試験条件・対象範囲が当該適用部位を含むこと、(3)製造所の規格値がJIS・協会規格と同等以上であることの3点を照合します。
7. まとめ ── 当たり前を、当たり前に積み上げる
改修設計で建物の目的を定めきれず、設計が途中でぶれた経験は、きっと誰にでもあるはずです。私自身、図面に赤を入れられながら、「こんなんじゃ独立はまだまだだな」と思う瞬間が多い。でも、その赤も含めて今は全部が勉強だと考えています。
ポイントは次の3つです。
- 建物の目的は、発注者・受注者・設計者の共通言語として要求水準書に書く
- 材料選定は「仕様適合」と「ユーザー価値」の二段で判断する
- 赤入れを、自分の弱さを可視化する装置としてPDCAを回す
派手な日々でなくても、こういう日々と実務の積み上げが、独立後の土台をつくっていきます。
参考・出典(2026-08-12 確認)


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